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前橋地方裁判所 昭和28年(ワ)192号 判決

日本相互銀行

事実

原告株式会社日本相互銀行は請求原因として、原告は昭和二十六年三月三十一日訴外下境恒治(以下恒治という)との間に月掛看做無尽契約を締結し、同訴外人に第一回給付として金百万円を給付するとともに、同人との間に右金員の弁済方法として(イ)弁済期昭和二十九年六月三十日、(ロ)債務者が掛金の支払を三回以上延滞したときは期限の利益を失い、債務全額を一時に支払う、(ハ)債務者が掛金その他の債務の弁済を遅延したときは、債務完済に至るまで日歩金七銭の割合による遅延損害金を支払うこと等を約し、訴外下境織衛(恒治の父、以下織衛という)は、同日恒治の原告に対する右の債務につき連帯保証人となつた(上記無尽弁済契約については、昭和二十七年三月八日公正証書を作成した)。ところで、恒治は、昭和二十六年三月から同年七月まで五回分の掛金を支払つたのみで、同年十月末日限り期限の利益を失い、債務全額一時に支払うべきこととなつた。そこで原告は、元金に右五回分の掛金十二万五千円を充当したから、恒治及び織衛に対し元金から右金員を控訴した金八十七万五千円及びこれに対する遅延損害金の債権を有するに至つた。ところで、恒治は、当時すでに右債務の弁済資力全くなく、またその父織衛は、本件第一の土地、第二の建物、第三の土地を所有し、右の物件の価格は総計約金八十万円で、これが原告に対する債務を弁済するための財産であり、しかも債務全額に足りない状態であるのに、債権者である原告を害することを知りながら、昭和二十七年二月十二日妻の被告下境ますに本件第一の土地を贈与して同被告のため所有権移転の登記を了し、次いで同年三月五日長男の被告下境栄作に本件第二の建物を贈与し、同被告のため所有権移転の登記を得、さらに原告が同月十四日恒治、織衛に対し前記公正証書の執行力ある正本に基きその所有の有体動産を差し押えたところ、織衛は同月三十日、その債権者を害することを知りながら、被告下境栄作に本件第三の土地を贈与し、同日県知事に対し農地調整法第四条に従つてその許可の申請をして、同年十一月二十八日農地法第三条による県知事の許可を得、昭和二十八年八月二十二日同被告のため所有権移転登記を完了した。よつて原告は、右に述べた織衛と被告らの間になされた各贈与契約を、債権者たる原告を害する行為として、その取消を求めるとともに、被告らのためになされた右各贈与を原因とする前記各所有権移転登記の抹消登記手続を求めると主張した。

被告下境ます、同下境栄作は抗弁として、被告らは、本件物件を贈与されるについて、原告を害することを知らなかつたものである。すなわち、恒治及び織衛は、昭和二十五年二月中神沢格太郎から金二十万円を借り入れ、本件第一の土地及び第二の建物を右債務の担保として提供したところ、その弁済ができなかつたので、被告らが昭和二十六年九月及び昭和二十七年一月の二回に恒治及び織衛に代つて右債務を弁済し、その代りに織衛から被告ますが第一の土地を、被告栄作が第二の建物をそれぞれ譲り受けて、所有権移転登記を得たものであり、また本件第三の土地は、昭和二十七年当時被告栄作が耕作していたところ、荒砥村農業委員会から農地の所有者と耕作者とを一致させるように勧められ、かつ、織衛は老令の身であり、将来相続開始のときに高額の相続税が課せられるのを回避するため、あらかじめ税額の低い贈与により、所有名義を被告栄作とすることとして、同被告に本件第三の土地を贈与したのであつて、被告らは、原告を害することなど全く知らなかつたのであると主張した。

理由

先ず、本件第一、第二の物件の贈与が織衛の債権者である原告に対する詐害行為となるかどうかについて検討するのに、証拠を綜合すれば、恒治は、投機的性格が強くて、資力がないのに徒らに事業を好み、織衛も農業を営む律義な被告らよりも恒治と気が合つたので、何かにつけて同人を援助し、同人から事業資金の融通を要求されるままに、親類や知人から金員を借用してはこれを同人に用立てていたが、昭和二十五年頃同人からさらに金策を懇望されたので、織衛は、同年二月初旬頃弟である神沢格太郎から本件第一、第二の物件を担保として、金二十万円を期間を一年と定めて借用し、これを恒治に与えたが、これらのことに関しては、被告らに知れると紛争を起すので一切を秘していたところ、これが期限に弁済できず、神沢が同年六月頃被告らに請求したので、初めて被告らの知るところとなり、家内物議をかもした末、結局被告らが支払うことを余儀なくされた。一方恒治は、その頃知人らとともに金融業を始めることを計画し、原告に融資を申し込んだので、原告銀行伊勢崎支店調査係富良三が昭和二十六年三月三十日調査のため被告らの住居に行つて、織衛及び被告ますに会い、恒治に対する金融のことを話し、恒治は翌三十一日織衛らを連帯保証人として原告から金員の給付を受け、また被告らにおいては、同年九月織衛が神沢から借用した金員のうち金十万円を、昭和二十七年一月その残額を返済したのであるが、織衛は、同年二月なおも恒治にせがまれるままに、他に数人の者から借金して恒治につぎ込んだので、被告らは、日頃恒治及び織衛が前記のように、前後の見境もなく金借しては被告らにその後始末をさせることを恐れ、かつまた、被告ますは、訴外下境四五六の長女に生れたいわゆる家付きの娘で、大正三年に四五六と婿養子縁組をして入籍した織衛と婚姻した関係上、本件物件は、家督相続により同人の所有に属するとはいいながら、被告ますにしてみれば、元来自己の所有に属するといつた意識が強かつたので、神沢に対する借金を織衛に代つて弁済したのを機会に、被告家の資産保全の方策として、名実ともに被告らの所有にすることを決め、織衛の同意を求めたところ、同人は前述のように多額の債務を負担している事情の下にありながら、これを承諾して、被告ますに本件第一の土地を、被告栄作に本件第二の建物をそれぞれ贈与し、その所有権移転登記を得たこと、及び本件第一、第二の物件の各贈与があつた昭和二十七年当時原告が有した債権額は、元金八十七万五千円及びこれに対する遅延損害金約六万円、合計金九十数万円であるのに対し、当時本件第一の土地の価格が金十万七千八百円、第二の建物の価格が金二十七万五千百円、第三の土地の価格が金五十万一千円であり、このほか当時織衛が所有していた価格金二十一万円の山林等を併せて、織衛の所有した財産の総額は約百万円相当であつたことをそれぞれ認めることができる。

以上認定の事実に徴すると、織衛のした本件第一、第二の物件の各贈与は、何れも同人の財産を減少してその弁済資力を薄弱にし、以て原告の債権の満足を受け得ない危険を生ぜしめるものということができるから、右各贈与は、何れも原告を害する行為であるというべきであり、かつ、織衛は、右贈与の際、債権者たる原告を害することを知つていたものと推認するのを相当とする。被告らは、右各贈与を受けた当時、債権者である原告を害すべき事実を知らなかつたと主張するけれども、これを認めるに足りる証拠はない。

そこで、第三の土地が織衛の債権者である原告に対する詐害行為となるかどうかについて検討するのに、前認定のように、本件第一、第二の物件の各贈与が債権者を害する行為である以上、織衛がその後において資力を回復するなど特段の事情の認められない本件においては、その後になされた本件第三の土地の贈与もまた債権者を害するものと認めるのを相当とする。

しかして、証拠を併せ考えると、本件第三の土地は、被告栄作がもつぱら耕作していたところ、前述のように、恒治や織衛が借金を重ねて被告らに迷惑をかける有様であり、また終戦以来農地改革の精神に則り、自作農創設のため、農地の所有者と現実の耕作者とを一致させることが勧められていた折でもあつたので、被告らはこれに便乗して、第三の土地についても、第一、第二の物件の贈与について述べたと同様の事情から、被告家の資産保全の方策として、所有名義を織衛から被告栄作に改め、名実ともに同被告の所有とすることを決め、織衛の同意を求めたところ、同人は前述のように多額の債務を負担している事情にありながら、これを承諾し、昭和二十六年暮か昭和二十七年一月頃荒砥村農業委員会の係員に農地調整法第四条による所有権移転について県知事の許可を得たい旨を告げ、その手続を依頼したこと、一方原告と恒治及び織衛ら連帯保証人との間に昭和二十七年三月八日本件無尽弁済契約について作成された前記公正証書に基いて、同月十四日原告の委任により、伊勢崎市の恒治の住居で同人の有体動産が、また被告らの住居で織衛の有体動産がそれぞれ差し押えられたところ、同月三十日前記県知事の許可の申請に要する書類が整つたので、前述のように、本件第三の土地が被告栄作に贈与され、同日織衛から荒砥村農業委員会に県知事の許可の申請がなされたことをそれぞれ認めることができる。そして、以上の認定事実に徴すると、織衛は、本件第三の土地の贈与の際、債権者たる原告を害することを知つていたものと推認するのを相当とする。被告栄作は、右贈与を受けた当時、債権者である原告を害すべき事実を知らなかつたと主張するけれども、これを認めるに足りる証拠はない。

しかして、織衛は、現在もなお原告に対する債務を弁済する資力のないことが認められるから、織衛と被告らとの間になされた本件物件の前記各贈与は、何れも債権者である原告を害したものとしてこれを取り消すべく、被告らは、右の贈与を原因としてなされた本件各所有権移転登記の抹消登記手続をする義務がある。

よつて原告の請求はすべて正当であるとしてこれを認容した。

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